そろそろTwitterについて一言いっておこうと思ったけど上手く言えなかったのでやめた

やめたけど、せっかく途中まで書いたので。以下。続きはいつか纏まったらベースで書きたいけど、だいたいこういうのはまず書かないもの。


Twitterに限らずweb2.0て言われる世の中では毎日のようにウェブ上でのコミュニティ(SNS性質を持ったウェブサイト)が誰かの手によって雨後の竹の子よろしくポコポコ作られて、今じゃもう数えきれないほど色々あって、、ありすぎてて溢れ返っている。その中でも成功している一つがTwitterてサービスなんだけど、それぞれのコミュニティはユーザの活動を欲していて、人間のためのコミュニティなのかコミュニティのための人間なのかよくわからない。これは袋小路という奴らしいので、これ以上何か新しいものを作っても利用者が相当限られてくることを覚悟しないといけないと思う。どんなに成功したとしてもTwitterくらい、という感覚。


もともと人間はリアルな社会で既にいくつかのコミュニティに所属しているので、これ以上ウェブ上でのコミュニティに所属してまで活動する意義が、定量的なメリットと活動することのコストの両方を、そしてそれでも活動したほうがいいという結果としてのメリットを直感的に提示させて貰えない限り、普通の人にまで訴えることは難しい。僕らは、ウェブ大好きっ子だからその時点でメリット++なので違う生き物なのでこうしてTwitterなどで毎日ぶつぶつつぶやいているけど、ウェブなんて知らんけん、な人はそういう風に思っている。特にリアル世界で充実している人はそう思ってる気がしている。また、保守的な生き物である人間という生き物が特に理由もなく新しいコミュニティに参加することは、「新しい」行為をしなきゃいけないというただそれだけの理由でメリットよりデメリットとかコストの方が大きくて嫌だと思うと思う。このデメリットって言っているのは単純にネットオタクきもいとかつぶやくの面倒とかそういう話も含まれていて、感情とかファッション感覚の話になってしまうとなんだかどうしようもない壁がある。気がしてる。


で、ここまでが前提の話。言いたかったことはTwitterの話をするということは、ネットの限られた人達の話をするということ。ケータイのメール機能についてとか、Mixiについての話みたいな普遍性はまだなくて、自分自身におけるTwitterは生活の傍らにあるものになっているけど例えばSkypeとかと同じくらい普通の人には得体のしれないものであること。実際Skypeって便利ぽいんだけど、よく知らんのでつかわん。みたいな。



さて自分が言いたかったぽいことは、Twitterをするということは私を「外」向きにすることで、なんでそんな世の中になっちゃってるんだろうね、ということについて考えたかったんだ。本当は。うまくまとめられなかったんでやめたけど。例えばこう考えた。ポストモダンといわれるような世の中になってもう30年くらいだけど、隣は何をするものぞ、というのがわからんと。趣味の蛸壺化?よくわからんけど、まぁわからんと。他人のことが。わからんのでみんなが自分をちと「外」向きすることでマッチする人を捜しやすくしている。これはホームページの時代から何も変わってない、blogしかりSNSしかりで、現時点で一番その敷居が下がったものがマイクロブログなんだろーと。Twitterの特性として、ネットワークの緩さが取り上げられていて、それはTwitterが成功した理由なんだろうけど、そのことよりももっと根源的ななんで私を「外」向きしているのかね、ということを考えたかったのね。やめたけど。



また、日本人的な感覚じゃないよね、ということが引っかかっているのかもしれないと思った。日本人は「内」向きだから、今は仕方なく「外」向いている感じだと思って、何かそのことは言えるのかなと思ったのだけど言えなかったのでやめた。あとなんだろう、トピックベースなら幾つかあるのだけど文章になっていないのでこのやめた話もそろそろ止めるべきだと思った。これじゃやめたやめた詐欺だろーよ。
何だか文系学生みたいな文章だ。ショック。